2011年8月10日水曜日

そこにある危機


8月3日未明、アメリカ連邦政府の債務残高上限を引き上げる法律が成立した。発端は2011年5月に債務上限の14.3兆ドルに達したことである。債務上限を引き上げないとこれ以上の借金ができないのだが、与野党の対立により2ヵ月も議会が空転、今回のデフォルト騒動につながった。

ただ日本のマスコミはセンセーショナルに煽っていたが、連邦政府の債務残高上限引き上げで与野党が揉めるのはほとんど年中行事といっていい。現にこれまでも70回以上も債務残高を引き上げている。そのたびに野党が与党を攻撃し、ギリギリで妥協するすることを繰り返してきた。与党が民主党であろうが共和党であろうが関係なしにである。いわば、アメリカ的「政治ショー」というわけだ。

ただ以前と違ったのは、米大手格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)が5日、史上初めて米国債の格付けを「AAA」から「AA+」に引き下げたことだ。米国の債務支払い能力の信頼性が下がったことを示すサインを発したのである。

今週14.6兆ドルに達した米国債の発行残高は、国内総生産(GDP)比で100%となりイタリアとほぼ同じ水準になった。そのイタリアの国債は債務不履行(デフォルト)の懸念から売られている。米政府は現在も支出1ドルあたり40セントを借り続けている。その一方で米経済はほとんど成長しておらず、財政再建に必要な歳入を得ることもできない。

中国は1.1兆ドル(約86兆円)、日本は0.9兆ドル(約71兆円)の米国債を保有しているなど、米ドルと米国債の存在感は非常に大きい。米政府のデフォルト懸念は世界金融システムに不安材料を与えるだろう。米経済と米ドルが世界で果たしている役割の大きさを考えると、米国債の格下げは世界経済全体に波及するはずだ。

債務上限問題が一段落し、むしろ、アメリカが抱える本質的な問題を先延ばしされてしまった感がある。これはユーロも同じで、さらに世界最悪の財政赤字を抱える日本においては如何ともし難い。

米金融当局が9日、低金利政策を少なくとも2013年半ばまで継続することを示唆した。つまり量的緩和をさらに続けるということだ。しかし、過去の量的緩和が物価安定や雇用に効果があったのかと言われると疑問点も多い。現に、これだけ紙幣をばらまいたにもかかわらず、失業率の改善はまったく見られない。溢れ出たドルは実体経済に流れるどころか、株式市場や国債購入、さらには穀物、金、原油といった先物市場に流れ込んでいる。FRBもこうなることは最初からわかっていただろに…。

アメリカ企業は来るべき2番底に備えて人員削減を急いでいる。だから失業率が改善しないのだ。これはウォール街でも例外ではなく、ゴールドマン・サックスでさえ人員削減に走っているのである。JPモルガン・チェース、アメリカン・エクスプレス、モルガン・スタンレーすべて同じ状態である。

特にその動きを加速させているのが投資ファンドだ。PIMCOは国債をショートし、カール・アイカーンは顧客にすべての投資資金を返して「リスクは負いたくない」と言い放った。ジョージ・ソロスもまた「これからは他人の金は運用しない」とファンド事業を閉じた。勝負師たちの研ぎ澄まされた嗅覚が<そこにある危機>を感じ取ったのだろうか。

相場は騙し合いの世界だから起きないと思うことは往々にして起きるし、起きると思ったことは起きない。しかし、世界がどちらの方向を向いているのかという話であれば、破綻していく方向に向いていることに疑念の余地はない。

アメリカが破綻しつつあると言うと、とたんに怒り出す人たちがいる。しかし借金を抱え、さらに借金を重ねる姿と同じ状況にあるのだから怒るほうに無理がある。ブッシュ前大統領が軍事費を中心に莫大な累積債務を積み上げたときに、もうアメリカの命運は決まっていたのかもしれない。

現在の金融システムも、社会システムも明らかに疲弊している。<そこにある危機>に対して抜本的な問題解決を図らなければ、いつどんな災厄が襲いかかってきてもおかしくない。

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